数年前、ディズニーランドで泣いたときの話

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写真が下手か?

 

もう数年前のことになるけれど、数少ない大学時代からの友人の誕生日、十数年ぶりにディズニーランドへ行った。

そうしたら、幾度となく泣くことになった。

そのときのことを今日は書く。

 

久しぶりのブログがコレで、「どうして?」と思われるかもしれないけれど、evernote の雑記に埋もれていたのを偶然見つけた。

最近、何か自分の文章を書きたいと思ってはいたけれど指が錆びついたみたいに重くて書けない。ネタすら思いつかない。あまりに苦しくて苦しくって、過去の女につい手を出したってワケ。

読み返してみたら案外悪くなかったので加筆修正したものを掲載します。

 

また、ここに書かれている内容は数年前の情報であり、かつディズニーランドについて普通以下の知識しか持たない者の主観的記憶に過ぎないことをご承知おきください。

 

 

12月の休日のディズニーランド。

まあ~クソ寒かったしクソ混んでたしクソにぎやかだしクソきらきらしてたし、そんで、クソたのしかったなあ。たのしかったよ。

わたし、ディズニーランドだいすき~。

 

泣くことになったキッカケはまず、入園して間もなく出くわしたパレード。代表的なキャラクターが登場し、手を振ったり踊ったりしてた。とってもかわいくて、おもちゃ箱をひっくり返したような感じ。衣装も乗り物もゴテゴテしてカラフルで、いよいよディズニーに来たなー! と思った。けれどわたしはもうずっと、パレードへの出演権を得たダンサーたちの晴れがましい笑顔に魅入っていた。わたしはパレードやショーのダンサーが大好き。

彼/彼女たちの笑顔って、夢を叶えるまでに流した数多の汗と涙が瞬間的に結晶になって輝いてるんだと、見るたびに思う。勝手に目の前の美しいダンサーの無償の笑顔にドラマを見て、感無量になる。他人に夢を与えることができるのは、叶える果てまで夢を追い続けた人だけなのだなぁなどと、夢のないわたしはしみじみした。

プーさんやピーターパン、不思議の国のアリスなどの名だたる人気者たちが次々と登場しては、声援の波に乗って遠のいていく。しかし終盤、唐突に現れたのはまったく予想外の人物だった。

 

メリー・ポピンズと相方のバートがそこにいた!

メリー・ポピンズは1960年代に製作・放映された、実験的なアニメーションと実写が混合するミュージカル作品だ。2014年、トム・ハンクスがウォルトディズニーを演じてこの作品の製作裏話が映画化された。そして今ちょうど「オール・ユー・ニード・イズ・キル」や「プラダを着た悪魔」で一躍有名になった美女エミリー・ブラント主演で続編も作られていて、だからこそパレードのトリを飾ったのだと今なら納得がいくけれども、そのときそんなことを考えている余裕はまるでなかった。なぜならわたしはこの作品が、ほんとうに大好き、まるで愛しているのだった。いつも心のいちばん深いところにあったような作品なのだった。

ストーリー、カラフルで楽しい視覚表現はもちろんのこと、楽曲! これがもうメッチャクチャによくて。わたし大学2回生の頃に転学科をして、おまけに性格にも問題があったから大学に友達がいなくて、昼休みのたびに自分の部屋に帰ってひとりでご飯を食べてたんだけど、そのとき「雨に唄えば」と「メリー・ポピンズ」のミュージカル部分だけを延々と交互に観てた、来る日も、来る日も。メリーが優しく微笑んでバートが愉快に歌い踊る、その姿を眺めながらカップ麺を啜っていると、フシギと元気が湧いてきて、別に友達なんていなくていいかなあ って、別に5・6限出なくてもいいかなあ って気持ちになっ......

わたしの失敗譚は置いておいて、とても楽しい作品なので、オススメします。

 

とにかく、そんな友達のような神様のような、主人公達が、目の前で! ほんとうにあの何百回も何千回も観た映画のワンシーンの通りに! メリーゴーラウンドの馬に乗り、親しげな笑顔を浮かべながら、わたしたちにむかって優雅に手を振っている。

 

瞬間、全身が総毛立ち、声が出なくなった。

 

友人はそんなわたしをチラと見て、笑ってソッとしておいてくれた。けれど背後に立ついいトシした女がいきなり泣き出したので、前にいたお客さんのことはギョっと振り向かせてしまった。

でもわたし自身、たしかにメリー・ポピンズは幼い頃から大好きな作品ではあったけれども、いったいメリーとバートの登場の何が自分の琴線に触れて泣くという情動に至ったのか、よく分からなくてちょっと混乱していた。

 

その後はもう、アトラクションに乗ったり、パレードに手を振ったりするたびに、いちど緩んだネジがするする回っていくように、容易に涙腺がほどけていった。

なんせディズニーランドは心底楽しかったから。時間も寒さも足の疲れも忘れ去って、子どもみたいに走ったり笑ったり、叫んだりした。信じられないくらい、幸福な時間だった。

 

とうとう完全に決壊したのは夕方、ファンタジーランドエリアにある「ミッキーのフィルハーマジック」でのことだった。

騒ぎを起こしたドナルドがさまざまな作品の世界に飛び込んでいき、それを追う観客も一緒に冒険している気分になれるという、みんなが気軽に楽しめるシアタータイプのアトラクション。

美女と野獣、ピーターパン、リトルマーメイド、アラジン...... キャラクターたちは持ち前の笑顔と優しさで、明らかにADHD気質の身勝手極まりないドナルドを、愛か諦念としか言いようのない包容力で受け入れる。そんな宝物箱のように楽しいアトラクションでわたしは突然、噴き出すように泣いた。声が漏れそうになり、涙が止めどなく溢れ、3Dメガネを取って拭わなければならなかった。

アリエルが「これほしい?20個もあるの!」と歌いながらキュートに微笑んで、観客席に宝石をばらまく。

わたしたちはピーターパンと一緒に空を飛び、ジーニーの幻術に魅了され、魔法の絨毯の上で寄り添うアラジンとジャスミンのロマンチックな逢瀬に見とれた。

そうなんだよなあ、ディズニーってこうなんだよなぁと、突如として懐かしい実感が大波になって押し寄せてきた。

整理のつかない感情の渦に揉まれ、いっぱいの観客の歓声に包まれながら、わたしはただ、涙を流していた。

 

 

ディズニーランドを、みんなが言うような夢の国だと思ったことは、一度もない。

 

突然自分語りを始めて恥ずかしいけれど、わたしは幼い頃からきょうだいも友達もおらず家は貧しくて、家族は昼夜を問わず働き詰めだった。ひとりで過ごすことが多くて、寂しくて泣いたこともある。けれどたぶん、ほとんど平気だった。

その理由のひとつは、たくさんのディズニーアニメのビデオが家に揃っていたからに違いない。今になって思えばその一本一本が、家族からの愛だった。

空っぽの家でひとりテレビの前に座り込み、毎日毎日、同じ作品を何度も観た。シンデレラ、白雪姫、美女と野獣やライオンキング、アラジン、ピーターパン。リトルマーメイド、眠れる森の美女、わんわん物語。そして、メリー・ポピンズ

 

何度観ても楽しくて、観終わっては巻き戻して最初からもう一度観た。お気に入りのシーンだけを繰り返し再生して、一緒に歌ったり踊ったりもした。セリフだって覚えてしまった。

あの頃のわたしにとってディズニーキャラクターたちは、隣の世界に確かに存在するともだちや、おにいさん、おねえさんだった。彼らは決して飽きることなく、いつまでもわたしの遊び相手をしてくれた。

地元の日本海の奥底にアリエルはいると思い込んでいたし、晴れた夜はピーターパン一行が横切らないか、目を凝らして窓の外を見上げた。ジーニーが吹き飛ばしてしまったジャファーのランプが近所に落ちていたらどうしよう? と怖くなることもあったし、メリー・ポピンズはいつかきっとわたしの家に来てくれると信じて、風の強い日はワクワクした。

とにかく彼らはわたしにとっては夢の世界の住人などではなくて、ましてやつくりものでもないのだった。

いくら幼いにしても、ちょっと頭の足らない子どもだったのかもしれないね。

 

やがて彼らはウォルト・ディズニー・カンパニーという偉大な企業が作り上げた、世にも美しい偶像だということを認識する年齢になって、わたしはビデオを観なくなった。習い事をいくつか始め、塾にも通うようになって忙しかった。友達はいないままだった。

小学校や中学校で、同級生の女の子達の間にディズニープリンセスが流行ったとき、その熱はわたしには遠いものだった。グッズを買ってもらえるような家庭ではなかったし、そもそもあまりほしいとも思わなかった。遠い、過去のものだった。

 

 

だから今回ディズニーランドに行くと決まったときも楽しみではあったけれど、それは友人がわたしと一緒に誕生日を過ごしてくれることの喜びの方がずっと大きかったし、数ある遊園地のうちのひとつに行く感覚だった。幼い頃に一度行ったきりで、もう園内の様子もアトラクションも忘れてしまっている。20代も半ばになって所謂「こじらせた」自分が、長い待ち時間やハイテンションな人混みの中で、はたして正しくハジケられるのかしら? などと心配すらしていた。

 

そんな穿ったつまらない不安は、たやすく覆された。なんせ心底楽しかったのだ。友人が詳しく案内してくれて心強かった。ふたりでミッキーとミニーの耳を着けて歩いた。空は晴れ、12月だというのに雰囲気は暖かい。完璧なクリスマスムードの中、ツリーも建物もキラキラ輝いていた。パレードは心を潤し、アトラクションはどれも考えつくされていて、最高にエキサイティングだった。

 

けれど何よりも心が震えたのはやっぱり、キャラクター達との出会いだった。いや、出会いなどではなくって、思いもかけない、懐かしくってあまったるい、それは”再会” そのものだった。

 

眼前に迫りくる彼らは、久しぶりに遭遇した親友のような親しさで心にスッと入り込んできた。生き別れたきょうだいのようにすら感じられ、懐かしさ恋しさ切なさが、全身からどんどんこみ上げて止まらない。そうしてわたしは大人になってやっと、あれだけ信じ憧れていた、ともだちの世界に入り込み一緒に遊ぶことを、初めて許されたのだった。

かつての幼い自分、家族も友達もいない暗い部屋でひとりぼっちでテレビに張り付いていたわたし自身を、全肯定し受け入れてもらえたような感覚に陥った。

それはまるで、さまざまな作品に飛び込んでは笑顔で迎え入れられた、お騒がせなドナルドのように。

 

昔の自分を、今の自分の心身を通して受容してもらえたこと、それは今のわたしをも救うものだったようだ。

20代も中盤に差し掛かったわたしはとりあえず現実を生きているが、相変わらず友達は少ないし恋人たちともぜんぜん上手くいかないし、性格まで捻じくれてしまって社会性すら欠如気味だ。けれどディズニーランドという空間においてはそんなことすらどうでもよい。わたしという人間ひとりの、過去の思い出も現在のこの週末も、全てを輝かしいものに変えてしまう、信じられないほどのパワーを持っていた。

それがディズニーランドだった。

 

 

ディズニーランドはたしかに夢の国だ。

しかしそれは現実と対比される「夢」ではなく、誰しもが心に抱いているとされている、希望や憧憬、大切にしたいもの、そんな意味の「夢」の方だと、わたしは思った。

 

 

 

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これ、かの有名なエレクトリカルパレードの最後に牽かれてくる、協賛企業である大手システムインテグレータ企業のロゴ。めちゃくちゃカワイイ。当時はIT企業でバリバリの営業をしていたもんだから、その所謂「夢の国」の締めくくりに(何人月分のコストをかけたパレードだったんだろう……)なんて考えさせられて、なんだか身が引き締まる想いがしたことを思い出す。

たぶんエレクトリカルパレードの写真としてこれを保存してるのもわたしくらいじゃないかな。しかし綺麗に輝いてるな〜